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第3話 生への執着

Author: 酔夫人
last update publish date: 2026-05-20 17:51:53

【①状況】

サラリアの生まれた国では、金色の髪は特別な意味を持っていた。

五穀豊穣を司る神の化身。

滅多に現れない神聖な色。

だから金色の髪を持って生まれたサラリアを見た瞬間、父王は歓喜した。

「金色姫さえいれば安泰だ!」

それが父王の口癖だった。

王として国を治めることには興味がない。

民が苦しんでいても気にしない。

神話にすがり、自分の地位を守ることしか考えていなかった。

民衆の間には古くからの教えが根付いている。

金色の髪を持つ者を害せば神罰が下る。

その教えのおかげで、父王はどれほど無能でも王座から引きずり下ろされることはなかった。

だから父王はサラリアを傍に置いた。

愛していたからではない。

娘だからでもない。

自らを守る護符として。

それだけだった。

「何もしなくていい」

「そこにいてくれればいい」

幼い頃から何度もそう言われた。

最初は優しい言葉なのだと思った。

けれど成長するにつれて気づく。

それは何もしなくていいのではない。

何もするなという意味だったのだと。

王女でありながら教育係はつかなかった。

礼儀作法も教えられない。

読み書きすら満足に学ばせてもらえない。

ただ生かされるだけ。

王族でありながら、人として育てられていなかった。

幸いだったのは、その扱いに悪意がなかったことだろう。

父王はサラリアを閉じ込めるために教育を奪ったわけではない。

本当に何も考えていなかっただけだった。

サラリアが学びたいと願った時も、父王はあっさり頷いた。

だが与えられたのは教師ではなく本だった。

おそらく周囲が止めたのだろう。

金色姫に余計な知識を与えるな、と。

けれどサラリアにとって、それは十分だった。

時間だけは有り余るほどあったのだから。

文字を覚えた。

使用人たちの会話を盗み聞きして言葉を覚えた。

絵画を見て歴史を知った。

図書館への出入りを許されるようになると、サラリアは夢中で本を読んだ。

歴史。

地理。

神話。

政治。

他国の文化。

知らないことを知るたびに世界は広がった。

そして同時に。

自分の置かれている状況も理解してしまった。

サラリアは王女だった。

だが誰も彼女を人間として見ていなかった。

知識は必要ない。

意思も必要ない。

考える必要すらない。

ただ存在しているだけで価値がある。

そう思われていた。

人ではなく置物。

幸運を呼ぶ飾り。

それが金色姫だった。

だからサラリアは学んだ。

知っていても知らないふりをすることを。

愚かな王女を演じることを。

笑うことを。

従うことを。

そうしていれば生き残れる。

そうしていれば誰も敵にならない。

そうしていれば何も失わずに済む。

諦めることは苦痛だった。

だが繰り返しているうちに、それは呼吸のように自然なものになった。

望まない。

期待しない。

執着しない。

そうやって生きてきた。

だからサラリアは思っていたのだ。

自分は生に執着していないと。

どうせ人生は誰かに決められる。

ならば流されて生きればいい。

それが一番楽だった。

実際、そうして生き延びてきた。

けれど。

―――違った。

塔に閉じ込められた今だからこそ分かる。

自分は執着していたのだ。

たった一度だけ。

愚かなくらいに。

諦めることを忘れるほどに。

胸が苦しくなる。

思い出すだけで笑いたくなる。

あれほど期待しないように生きてきたのに。

あれほど執着する人間を見下していたのに。

結局、自分も同じだった。

たった一人の男に恋をしてしまった。

だから生きたいと思った。

明日を望んだ。

未来が欲しいと思った。

そんな自分が滑稽だった。

「……本当に馬鹿ね」

誰に聞かせるでもなく呟く。

塔の窓から見える空は今日も変わらず青かった。

王女だった頃も。

今も。

結局サラリアは檻の中だ。

誰かの都合で生かされる人生。

それなのに。

たった一度だけ。

その檻から出られるかもしれないと思ってしまった。

未来を夢見てしまった。

手を伸ばしてしまった。

恋をしてしまった。

だから失った時、あんなにも苦しかったのだろう。

諦めることに慣れていたはずなのに。

あの時だけは違った。

あの男だけは違った。

サラリアはゆっくりと目を閉じる。

脳裏に浮かぶのは一人の青年。

そして同時に。

自分が人生で初めて抱いた願いだった。

―――あの頃の私は、本気で幸せになれると思っていた。

だからこそ。

その結末は残酷だった。

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